BIS論壇No.175

「茶の湯同好会の初釜に参加して」

中川 十郎 1月11日

1月8日に新宿の「柿傳」で開催された初釜に参加した。「柿傳」は江戸時代の元禄・享保年間から290年にもわたって茶事の懐石料理を供している名門である。新宿の「柿傳」は谷口吉郎氏が設計した茶室である。かってノーベル文学賞受賞作家の川端康成氏が「茶は茶を飲むにとどまらないで、懐石料理を加えないと茶のおもむきは味わえない。「柿傳」の茶席は東京に一つの名物となるでしょう」と激賞している表千家ゆかりの味を提供する茶懐石である。茶の湯同好会は「茶の湯の美と心に触れる」ことをめざしている茶の湯を愛好する人々の集まりである。会長は細川元首相、専務理事は林屋晴三氏。流派を超越した団体で1973年来40年以上独自の活動を続けており、会員は1800人にも及ぶ団体だ。

たまたま昨年9月に東京博物館名誉会員で陶磁器研究、特に茶の湯の茶碗の研究で高名な林屋晴三氏が東久邇宮国際文化褒賞を受賞され、その関係で御縁のできた茶人の霜島清子さんにお声かけ願ったものである。BIS関係では増田博美理事、国際アジア共同体学会関係で山梨県立大学の徐 正根教授も参加された。

亭主は林屋晴三氏で約1グループ40名弱が5グループに分かれて初釜に参加した。2割が男性。8割が女性。久し振りであでやかな和服姿の初釜に、日本文化の茶の湯の神髄を満喫した。本阿弥光悦作の赤茶碗も鑑賞。床には烏丸光廣郷の和歌「つもりそふ 春に思えばなべて世に ゆきのすがたぞ 不盡の山なる」がかけられ、和敬清寂の趣であった。

岡倉天心は「茶の本」で日本文化は茶道、華道、香道、書道の四つに代表されると喝破している。中でも茶道には日本文化の精髄が凝縮されていると思われる。茶の湯は禅より出ている。それゆえ僧の行儀を行う。珠光、紹鷗、みな禅師であった。

利休の弟子の山上宋二の「一期一会」の精神を幕末のすぐれた茶人、井伊直弼は「生涯をその一会にかけよ」と喝破。人生における出会いの尊さ、一回性の意義を説くことは禅的な言葉でいえば、道元禅師の而今に生きることである。(教江教一「わび」より)

私がかって奉職した愛知学院は道元に関係がある。毎夏、教職員、学生が勤行のため、福井の永平寺や鶴見の総持寺に参禅する。その意味で禅と茶道は私とも関係がある。

郷里の鹿児島大隅半島の高山町(現肝付町)には漁村・波見(はみ)がある。「千利休の参禅の師である古渓が天正16年秋、秀吉の勘気にふれ、九州に流され、その配流先が大隅半島の波見である。隅州の佳人に与えた喝や名号が数多くみられることから古渓が大隅半島の雲渓、すなはち現在の波見に流されたことは確かであろう。」(立花大亀「利休の侘び茶」3ページ)。私の郷里は古渓を通じて千利休に通じていたのである。初釜参加のなんという運命の不思議さであろう。私が大学時代お世話になった明治以来の島津奨学会(現鹿児島奨学会)の顧問の島津修久氏(鹿児島市在住)は島津家第32代当主で、鶴嶺神社、照国神社宮司で、茶道裏千家淡交会理事・鹿児島支部長、鹿児島経済同友会代表幹事も歴任された。ここでも人生の御縁を痛感している。まさしく「その時の出会いが!」(相田みつを)だ。新年の表千家初釜参加がまさしく私に「一期一会」の御縁を齎した。この初釜にお声かけいただいた林屋晴三先生、および霜島清子さまに心から感謝している。