BIS論壇『ドクター中松の卒寿を寿ぐ』2017年6月26日 中川十郎

『ドクター中松の卒寿を寿ぐ』2017年6月26日 中川十郎

本日はBIS名誉顧問ドクター中松の満89歳、数えで90歳卒寿のめでたい誕生日である。BIS会員200名を代表して心からお祝いを申し述べたい。4年前に導管がんで5名の医者から余命2年と宣言された。その後、得意の発明力を発揮、ガンに効果的と言われる食品を発明。自分の体を実験台に果敢にガンに挑戦。「医食同源」を実証され、4年後の今も健康で、BIS情報研究会にも毎回ご参加頂き、貴重なコメントを賜っており感謝に耐えない。
今から29年前の1988年7月、駐在先の米国ニチメン・ニューヨーク本社の開発担当として米国得意先とランチをともにし、6番街(Avenue of America)47丁目の会社に帰途途中、48丁目の交差点で、道に迷っておられる日本婦人を見かけた。どちらにお越しですかと声をかけたところ、ロックフェラーセンターにある日本テレビのNY支店を探しているとのことだった。時間があったので、日本テレビの前までご案内した。別れ際に、 「私はドクター中松の秘書の篠塚と申します。今回、世界発明会議参加のためニューヨークを訪問しています。もし差支えなければ名刺を頂戴できますか」とのことで名刺を渡して別れた。
その日の夕方、その篠原さんから会社に電話があった。「ドクター中松に中川さんにご親切に道案内をされたと報告したところ、お礼に夕食を共にしたい。マンハッタンの会員倶楽部に来ていただきたい」とのことでご一緒した。これがドクター中松との人生における御縁の始まりである。人生とはなんと不思議なものであろう。翌年、ニチメン本社開発企画担当部長がニューヨークを訪問し、世界発明会議に出展した。
当時私は商社の開発担当だったので、ニューヨークでの人脈開拓、新技術情報収集に昼夜をわかたずマンハッタンを走り回っていた。ある時、元国連弘報担当で活躍していたGloria Kins女史を紹介された。Gloriaさんのご自宅はマンハッタンにあり、建物は英国式で建築史でも有名だった。毎年11月のニチメン創立記念祭には特に頼んで広大な自宅に得意先を招いてパーテイを行った。マンションの応接室には古今の芸術品があふれており、100人も入れるほどの広大な応接室があった。ある時、ドクター中松をこの館に案内し、歓迎パーテイを開催した。Gloriaさんの人脈で国連関係者、大使、外交官、ニューヨーク財界人が多数参加した。その中には今はなき「ニューヨーク紅花」のロッキー青木氏の顔もあった。この時からの御縁もあり、GloriaさんにはBIS創設以来、ニューヨーク代表BIS国際理事を御願いしている。
ドクター中松は近著『ドクター中松の最終講義~打ち破る力』(世界文化社)での「一日24時間を3倍有効に使えば、3倍有効に生きられる」「お金より尊いインテリジェンスを財産にしよう」という提言は私のこれまでの人生訓とも同じで共感と感銘を受けた。

ドクター中松が帝国海軍兵学校時代以来の気力と胆力、勇気と発明力で、難病を克服され、さらに世界の為、国のために益々活躍されんことを卒寿のめでたい誕生日に際し、心より、皆様と共に、祈念する次第です。